投資遍歴1:日本衰退と自己責任のはじまり

私の投資とのかかわりは、おおよそ2000年前後までさかのぼります。世は不況の真っ只中、就職氷河期・ロストジェネレーションどストライク世代なので、私と同年代の人の中にはなつかしさと共感を覚える人もいるかもしれません。

脅しと忠告からはじまった大学生活

大学に入学した日、新たに経済学部生となった私を含む学生一同は大講堂に集められていました。そこで最初に登壇した経済学部長は、開口一番こう言い放ちました。「もうこれから日本が大きく成長するようなことはない、君たちはそういう中で生きていくということを忘れるな」「君たちはなんとなくこの経済学部に入ってきたのかもしれないが、なんとなくで生きていけるほどこれから先の世の中は甘くはないんだぞ」。

さすが経済学者、今思えば当時の社会状況を先取りし、的確に表現しています。私は中高で高度成長期の神話を聞かされて育った世代で、バブル崩壊はまさに聞きかじった程度。多少不景気が長引いているらしい、という程度の意識はありましたが、これがその後大きな景気後退を何度か経験しながら10年以上にわたって続き、そのままゆるやかな衰退期に入るというような認識はまったくありませんでした。

しかし、この脅しじみた忠告は強烈に私の中に残ることとなり、その後の社会状況もあいまって、経済的な余裕や安定を求めるきっかけになったように思います。

自由と自己責任の素晴らしさを謳うマスメディア

その後、世の中の状況は次第に悪化し、就職難、企業の破綻、金融機関の破綻、中高年の自殺の増加に関するニュースが溢れかえるようになっていきました。財政破綻や預金封鎖、ハイパーインフレに関する言説が増え始めたのもこの時期です。

そうした社会状況の変化に伴い、雑誌やらニュース、ビジネス書などありとあらゆるメディアは「もう企業に頼る生き方はできない」「大企業でもいつ突然倒産するかわからない、突然の倒産やリストラにあっても大丈夫なように、自らの力で生き抜けるようにならなければならない」といった意見をしきりに発信するようになります。個の力を磨き、企業や国の枠にとらわれずに働き、自己責任で生き抜いていくべきだ、それこそがこれからの生き方なんだ、という風潮が世の中に浸透していきました。

間違ってはいないが早すぎた喧伝

ちなみに、今振り返ってみても、これらの言説が完全に間違いであるとは思いません。しかし、当時の社会状況でマスメディアが喧伝するような働き方を志向すれば、ごくごく一部の成功者を除けばそのほとんどがフリーターになってしまいます。そもそも、当時はこの世代をまともに正規雇用できる社会状況ではなかったわけですが、マスメディアの喧伝はこうした問題から若者の目を背けさせ、彼らを正規雇用から排除しつつ自己責任の名の下に逃げ場を奪う、という役割を果たしてしまいました。

新卒就職の切符に大きな価値があり、正社員と非正規社員の格差が激しく、転職が比較的難しい日本の労働市場でマスメディアの話を真に受けてしまった人たちは、その後まさにロストジェネレーションと呼ぶしかない結果を迎えることになります。

私も当時ナイーブな若者でしたから、こうした雰囲気に強く影響されていきました。夢を追ってフリーター、という道は幸か不幸か断念しましたが、そうなると会社に就職して生きていく以外の道を見い出せませんでした。「自らの力で生き抜く」ためには一体何をすればよいのか、社会経験の乏しい大学生がそうそうわかるはずもありません。そうして途方にくれていた時に出会ったのが「金持ち父さん、貧乏父さん」です。

金持ち父さん、貧乏父さんの示す別の道

自らの力で生き抜くための手段として、当時私の頭には「能力を高めて労働市場で価値の高い労働者になり、特定の会社に依存せずに生きる」という方法しかありませんでした。そんな私に、この本は「資産を集め、資産から収入を得ることによって会社に頼らず生きる」という別の道もあることを教えてくれました。


当時大ベストセラーとなったこの本、ネット上では「金持ち父さんは架空の人物、実在しない」「ロバート・キヨサキはリーマン・ショックで破産した」「マルチ商法を推奨している」「キャッシュフローゲームを売るための本」などと批判も多い本です。実際これらはすべて事実のようです(裏を取れているわけではないので確実ではありません)が、それでもこの本には読むに値する大きな価値があると今でも思います。これらの批判が事実なのか、興味のある方はご自分で調べるのが良いと思います。

ロバート・キヨサキのシンプルな示唆

金持ち父さん 貧乏父さんの教えはシンプルなものから高度なものまで色々ありますが、最も基本的な部分を簡単にまとめると、次のようになります。

貧乏人はお金のために働く。金持ちはお金を自分たちのために働かせる。

資産と負債の違いを知り、資産を買え。金持ちは資産を買い、貧乏人は資産だと思って負債を買う。

  • 資産はポケットにお金を入れてくれる
  • 負債はポケットからお金を取っていく

これらの考え方は今でも変わらず重要で、セミリタイア界隈の方々もスケールの大小に差異はあれ、この指針に従って進んでいるんじゃないでしょうか。

浪費が示すふたつの意味

私が浪費を極端に嫌うようになったのも、この本を読んで、「お金を無駄に使う」ことは「単にお金を減らす」だけでなく、「使わなければそのお金が将来連れて来てくれるはずだったお金(とそのお金がさらに連れて来てくれるはずだったお金と…)をすべて投げ捨てる」ことを意味すると気づいたからです。この本を読んでから十数年経ちましたが、私はいまだに車を持ったこともなければ、家を買ったこともありません。都心に住んでいるので移動は電車で事足りるし、会社から家賃補助がいくらか出ているからこそできることですけどね。

このブログを読むような人が勘違いすることはないとは思うんですが、車が大好きで車にお金を投じること自体を非難する気はまったくありません。価値観は人それぞれですから、車が大事であれば、車にお金を使って人生の満足を得ることはその人にとってはまったく正しく、合理的なことです。あくまで、金持ち父さん的な意味での金持ちになるための行為かどうか、という視点から見た場合、車は資産だから買っても影響はない、と思っているならそれは間違いで、自分たちを金持ちから遠ざけるものだ、と言っているだけの話です。私も娯楽のためにゲームを買ったりして、金持ちから遠ざかってます(資産だと思ったことはありませんが)。

日本の、貧乏人に、実践できるのか?

このように、考え方としては非常に良い本だと思うんですが、残念なことに、この本に書かれた金持ちになるための知識(特に税金対策など)にはアメリカ国内向けのものも多く、アドバイスとしても「自分のビジネスを持て」「会社を作って節税しろ」「ネットワークビジネスもおすすめできる」など色んな意味でハードルの高いものが多いです。

当時の私はといえば、今よりさらに税金や投資に関して無知でしたし、本に書いてある内容を日本で実行することに意味があるのか、意味があったとしても自分にそれができるのかを判断することもできませんでした。それでも、何かできることはないかとファイナンシャルプランナーを探して相談してみたり、株や不動産投資の本を買ったり、キャッシュフローゲームを買ったりとあれこれ模索していました。

当時は働き始めたばかりでほぼ無一文だったので、結局できることはほとんどなかったわけですが。本を買って、さらにゲームまで買ってその先にまったく進めないなんて、ロバート・キヨサキのいいお客さん(カモ)ですよね、ほんと。それでもこの本には感謝しています。この後しばらくは、自分なりに”資産”を増やすために試行錯誤することになります。

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