企業と従業員の関係の変化

ダイヤモンド・オンラインに以下のようなタイトルの記事があり、最近頻発している(ように見える)企業の不祥事について、2つの仮説をあげて推察しています。

日本企業は劣化したのではなく、もともといい加減だった

1つは、タイトルどおり「もともといい加減だった」説。もう1つは「インセンティブが劣化した」説。私は入社してから15年ほど自社の変化を見てきましたが、少なくとも私の会社に限って言えば、どちらも正しいと思います。特に後者については早期リタイア志向とも関係が深いんじゃないでしょうか。

もともといい加減だった?

私が入社した当初は、今よりコンプライアンスにうるさくもなく、色んな意味で今よりかなり適当でした。ここ10年ほどで急速に現場レベルにまで法令・ルールを順守するための仕組みが導入されていきましたが、一部の閉鎖的な現場では昔ながらのゆるい雰囲気が残ったままになっているのも確かです。こうした部分が多く残っている企業では、(古い言い方ですが)情報化の進展にともなって世間からの監視が行き届きやすく、伝搬しやすくなった結果、明るみに出やすくなっている部分はあると思います。

インセンティブが劣化?

コンプライアンス強化の影響

セキュリティ対策と就業管理ルールの厳格化などコンプライアンス強化の施策によって、自主的に調査・検証・品質向上などの活動に時間を割くことがほぼ不可能になり、こうした活動が必要となった場合には、組織の上の方まで金・人を追加してもらうための非常に面倒な稟議を通さなければならなくなりました。個人の判断でセキュリティ対策や就業管理ルールを逸脱したことが明るみに出た場合、上司を巻き込んでの懲戒処分になります。個々の対策は間違ってないと思いますが、本業の仕事のやり方も合わせて変えないと、現場はどんどんきつくなるだけです。人も増えない、お金も増えない、残業はしづらい、ルール遵守のための手続きや制限ばかり増えていく、という状況では、「仕事の質を確保するための環境をなくしたのは会社なんだから、俺はできる範囲でやるよ。個人で頑張っても罰を受けるのは俺だけだし、割にあわない。」となる人が増えていくのも無理はないです。

大企業の場合、特にこの状況は深刻です。通常、企業のどこかでルール逸脱が見つかった場合、再発防止策としてルール逸脱を防ぐような仕組みが導入されます。大企業の場合、ルール逸脱が発生し得る場所がとても多く、かつルール逸脱を防止するための仕組みは全社的に展開されるため、すごい勢いで煩雑な手続きが積み重なっていくんですよね。

成果主義の影響

これはもう記事に書いてあるとおりですね。記事中には以下のような面白い話が紹介されていますが、同じことが企業内で起きているように思います。

著者のニーズィー教授らが行った実験によると、保育園の「お迎え」に遅刻する親に対して罰金(米ドルで3ドルほど)を課することにしたところ、罰金のない状態よりも遅刻する親が顕著に増えたというのである。

この場合、親たちは遅刻の意味を、「約束を破ることの罪悪感」から「3ドルのコストで償える迷惑の価値」に読み替えた(注:筆者の解釈である)。従って、「私は3ドル払う用意があるのだから、遅刻することは許される選択肢の一つだ」と考えるようになったので、罪悪感なしに遅刻できるようになったのだ。

成果に応じて給与が決まるようになったことで、「低評価、低給与を受け入れているのだから、仕事はほどほどに手を抜いても問題ない」という認識が公式の見解と見なされるようになったということです。この対策として、企業の人事制度はむしろ「低評価が続いた場合、群を抜いて低い待遇になる」とか「一度でも低評価があった場合、一定期間は昇格が不可能になる」といった対策を組み入れていますが、企業の駒として使われている感覚はますます強まり、自発的に仕事の質を上げていく姿勢からは遠ざかっていきます。

不祥事の原因

あくまで私の観測範囲ですが、以前の企業は今に比べて相当にいい加減だったのは間違いありません。その後社内ルールが整備され、順守のためのシステムも現場に組み込まれていったこともあり、明確に決まったルールを無知や軽視によって逸脱した結果発生するような不祥事は全体的には減っています。反面こうした情報は発見・拡散されやすくなったため、未だ定期的に世間の耳目に触れることになります。

反面、個々のモチベーションや責任感によって支えられていたような、明文化されない、しきれていない仕事の品質のような面での低下が招く不祥事や生産性の低下は増えているように思います。日本製の製品や日本のサービスは高品質、という評判はまだ維持されていますが、この先も維持できるかどうかは不透明です。

高品質のサービスや製品を消費者として享受するかわりに、自分は労働者として大きな負荷と責任を受容する、というのが高品質を維持するための仕組みの正体だと思いますが、労働者としての大きな負荷や責任を放棄する人が増えていった場合、高品質のサービスや製品は維持できず、それなりのものになっていかざるを得ないでしょう。

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