投資本の雑な感想:経済政策で人は死ぬか?

原題は THE BODY ECONOMIC -WHY AUSTERITY KILLS- 。body economicというのは「ある経済政策の下に組織された集団で、その政策に影響を受ける集合体としての国民」を指している。著者は疫学者で、病気の原因や影響を調べるのが仕事なのだが、原因や影響の調査対象として経済政策まで手を広げたものと考えれば良いと思う。そして、副題が示すとおり、困窮時の緊縮財政は人々を殺す。それがこの本の結論だ。

経済危機で何が人々の罹患・死亡をもたらすのか、統計的に検証

この本では、大不況に見舞われた際に、地域によってその後の疾病罹患率や死亡率が大きく異なることに着目した。そして、その要因は不況そのものというよりは、政策によるものではないかと仮設を立てた。

この仮設を検証したくとも、実際に不況を引き起こすことはできないので、1929年の大恐慌、1989年〜の共産主義崩壊、そして2008年の金融恐慌を対象に罹患や死亡状況を統計的に調査し、影響の大きな説明変数を割り出す形で調査が行われた。いずれのケースでも、各国は都合良く財政緊縮派と財政緩和派に分かれて動いているため、格好の自然実験となったのだ。

人々を殺したのは困窮時の社会保障削減

その結果が示すのは、ざっくり言ってしまえば「人々が困窮した時にセーフティネットがどの程度機能していたか」による、というものだった。大不況に陥った時、人々は職を失い、ローンの支払が滞り、差し押さえにより住居を失い、酒や麻薬に溺れ、罹患が増え、医療が麻痺し、医療の不足、あるいは鬱や経済的困窮による自死によってその生命を失っていく。

通常こうしたステップの各段階には、それ以上の進行を防ぐためのセーフティネットがあり、企業への助成で失職が未然に防がれたり、再雇用までの手当や訓練がされたり、ローン支払が免除・延期されたり、住居が用意されたりする。また、コントロールされた状況では医療が麻痺することもない。

しかし、大不況に至って「財政を引き締めて健全化し、短期間の痛みに耐えて経済を正常化し、中長期で痛みを上回る果実を得る」という思考に傾くと、財政支出の削減とともに社会保障費が大きく削られ、セーフティーネットが機能しなくなった結果、人々が傷つき、死んでいくことになる。これは、経済的に見ても社会的に見ても非常に高くつく。

この本が示しているのは、言ってしまえばそれだけのことだ。

闇雲に社会保障支出を増やせばいいわけでもない

それでは、社会保障をひたすら手厚くすれば良いのだろうか?しかし、話はそう単純にはいかない。経済危機で甚大な被害を受けるのは、もとより政府債務が積み上がっているケースが多い。原因は様々だが、大きな要因の一つは手厚すぎる社会保障給付だ。普段から放漫財政を行っていると、危機で甚大なダメージを受けた場合、金融危機時のギリシャのように、とり得るオプションが非常に少なくなってしまう。

いずれにせよ、経済の再建には債権者や外部機関からの何かしらの支援が必要になる。例えば金融危機時のギリシャの場合、これはEUと各国の債権者だったが、EUの枠組みと平時からの放漫財政、その隠匿がギリシャ独自の政策を取ることを非常に難しくしてしまった。

IMFの支援プログラムもセーフティネット維持の大きな妨げになってきた。IMFはこれまで何度も危機に陥った国に資金を供与してきたが、そのかわりに社会保障費の劇的な削減を要求してきた。IMFの支援を受けた国がいずれも大きく傷つき、その後の社会に歪みと傷をもたらしたのは有名な話だ。

日本はどうするべきなのか

少なくとも言えることは、来る不況においても緊縮に傾いて社会保障給付を削るのは避け、適切に支出を継続・増額する必要がある、ということだ。しかし、日本政府の債務は(対外債務でないとはいえ)現状既に世界で飛び抜けた水準に達しているし、ただでさえ高額な社会保障支出は今後さらに増加していく。

景気が悪いとも言えない現段階から積極的に社会保障のレベルをさらに引き上げるのは疑問の残るところだ。危機時の支援が得られにくい、もしくは厳しい条件が課される可能性が高くなる。

調査では、最も費用対効果の高いセーフティネットはALMPと呼ばれる積極的労働市場政策だとされている。失職すると国に通知され、ジョブトレーナーがついて精神的なケアや再教育、再雇用まで支援するものらしい。日本でも近いことはやっているが、どうも形式的で実効性が低いようにも思える。実際、1990年代には適切な雇用支援が行われず、ロスト・ジェネレーションと呼ばれる世代を作り出してしまった。

ただ、政府が現在進めているロスジェネ、高齢者、扶養者に対する雇用の勧奨・支援は、社会保障支出の削減を含めて方向性としては間違っていないように思う。問題は、その質と、国民がどの程度スムーズに受容できるかだろう。国民の受容に関しては、昨今の年金問題と高年齢雇用の進行を見ると、想像以上にスムーズに進行しているように思う。お上やメディアの話をすんなり受け入れるのはこの国の悪いところでもあるが、いいところでもある。

質の面では、(この手の話でどこでも問題になってくることだが)解雇規制がもたらす雇用の流動性の低さにより、企業が柔軟に労働者を受け入れる状況になっていないことは問題だ。そもそも、年齢や職歴での差別に近い扱いが横行しているし、その手の条件を気にせずいつでも人員募集している企業はいわゆるブラック企業が多いことも大きな問題だと思う。

労働者がこの手の企業に捕まってしまうと、単に無職でいるよりも甚大な健康被害を蒙り、労働市場への復帰が非常に困難になるケースも多い。労働市場の流動化促進と、ブラック企業の淘汰は大きな課題と思う。

まとめ

  • 人々が困窮した際に社会保障給付を削減すると、人々は傷つき死んでいく
  • これによる混乱は想像よりずっとずっと長く続く(ロシアの人口構成は今も歪んでいるし、ロスジェネは今も社会問題として燻っている)
  • IMFの支援プログラム受け入れは社会を壊す可能性が非常に高い
  • 危機時に最も効果の高いセーフティネットは、失職を防ぎ、迅速に再雇用を進めるためのもの
  • 日本の状況は厳しいが、幅広い雇用促進の方向性は間違っていないように思える
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