早期リタイアへの備え(2):3つの資本を準備する


前回の記事では、早期リタイアに備える理由、その利点について書きました。簡潔にいうなら、社会保障だけでは頼りない命綱を補強しつつ、備えを盾に会社から利益を引き出すため、ということになります。


早期リタイアへの備え(1):なぜ「備え」るのか

なぜ早期リタイアを目指すのではなく、早期リタイアに備えるのか

今回は、「備え」が何を意味するのか、もう少し詳しく話していきます。

人が持つ3つの資本

リタイアへの備えは、要するに会社を辞めても先々問題がないようにするということです。それはつまり、残り40〜70年の人生で必要なものですから、非常に幅広くなります。お金さえあれば大丈夫、と思うかもしれませんが、実際お金が溜まってきて金銭的に早期リタイアが見えてくると、色々と足りないことが見えてくるものです。

そこで、LIFE SHIFTという本で紹介されている、人が持つ3つの資本という考え方が役に立ちます。これは金融資本・社会資本・人的資本のことで、おおざっぱに言えば、金融資本はお金や不動産など金銭的価値を持つもの、社会資本は友人・家族・コミュニティとの関係の良好さ、人的資本は自分自身が持つスキルや活動から価値を生み出す力です。

一般的な3資本の推移

戦後長い間、ほとんどの人は1つのライフスタイルに従って生きてきました。それは、若い頃に学校に通って人的資本や社会資本の蓄積に専念し、卒業と同時に就職して社会資本や人的資本をすり減らしながら金融資本を蓄積し、退職したら蓄積した金融資本を取り崩しつつ社会資本や人的資本を少しずつ取り戻す…というものです。イメージとしてはこんな感じです。


しかし、社会が少しずつ変化し、人々が長寿化して子供は減り、年金や健康保険を中心とした社会保障の機能も削減されるに従い、従来の生活スタイルと現代環境の間に齟齬が生じました。図の中に吹き出しで書いたのが、旧来の生活スタイルと現代の環境のズレが引き起こした課題です。

懸念1:労働期間に人的・社会的資本が減りすぎる

生涯に必要な金融資本をすべて稼ぐために仕事に専念すると、人間関係の維持や新たなスキルの取得にまわせる時間が不足し、人的・社会的資本が減っていきます。こう書くとあっさりしたものに思えますが、実際には友人と徐々に疎遠になり、家族との仲も冷めていき、両親との連絡も少なくなり、スキルは徐々に陳腐化して、能力を維持するためにプライベートで勉強しようとすれば人間関係がさらに疎遠になっていく…と、幸福度に与える影響はかなり大きいです。

懸念2:蓄積した金融資本が引退後に枯渇する

長寿化が進み、年金の減額も確実になってきたことから、もっと高齢まで働かなければお金が保たないのではないか、という懸念が現実のものになりつつあります。そして長期間働こうとすればするほど、人的資本がすり減ったまま働く時間も長くなるという新たな問題が発生します。

引退してから金融資本が尽きた場合、人的資本も枯渇していることがほとんどですから、お金を稼ぐには大きな苦労をすることになります。高齢で健康の不安を抱えたまま、割の良くない仕事を続けざるを得ないのは、人生の幸福度を大きく下げかねません。

懸念3:人的・社会的資本が低い状態での労働が長期化

金融資本の枯渇をふせぐため、政府は70歳以降も働けるよう積極的に制度変更を進めています。こうした社会変化と人的・社会的資本の減少が組み合わさると、高齢になってからも人的・社会的資本が低い状態で、居心地の悪い生活を続けざるを得なくなります。

新しい技術に馴染めずに仕事での活躍が難しい一方で、お金のために会社にしがみつかなくてはならず、プライベートでは家族・友人・地域コミュニティともうまく関係を築けない…想像するだけで非常に辛い暮らしです。

マルチステージ化による解決

こうした課題に対して、LIFE SHIFTは人生のマルチステージ化を提案しています。これまでのライフスタイルが 学習期 → 労働期 → 引退期 で構成される単一ステージだとすると、マルチステージは 第1ステージ[学習期 → 労働期] → 第2ステージ[学習期 → 労働期] → 第nステージ… → 引退期 という形になります。

典型的なパターンは、40前後を境に一度これまでの生活に区切りをつけ、新たなスキルを学んで人的資本を再蓄積し、再度労働に向かうといったものです。この再学習期はサバティカルなどと呼ばれたりもしていますね。

特定の資本が過度に落ち込む期間が減り、人生全体のバランスが改善しているのがわかります。

早期リタイアはマルチステージの一種

早期リタイア・セミリタイアは、このマルチステージの亜種と言えます。リタイア時点で第1ステージに区切りをつけ、第2ステージ以降では摩耗した人的資本でも担える程度に負荷の低い仕事をしながら、時間のほとんどを趣味娯楽につぎ込むような形が多いです。人的資本の労働市場価値は激減しますが、趣味娯楽から得られる満足度が資本の減少を補ってくれるわけです。また、人間関係に費やせる時間も増えるため、社会的資本の回復も期待できます。

早期リタイアに対する備え

早期リタイアした場合の資本推移はマルチステージに似てはいますが、リタイア後の収入が非常に限られるため、事前に金融資本を充実させておく必要があります。場合によっては投資も必要でしょう。また、金融資本を長期間維持するため、支出の少ない家計に改善しておくのも重要です。このあたりが一番わかりやすい「備え」ですね。

金融資本の備えだけでは十分でない

金融資本は重要ですが、預金・土地・証券は時に大きく価値が下落し、場合によっては完全になくなってしまうこともあり得ます。そうした場合、人的資本や社会的資本が頼みの綱となりますが、もしこれらが摩耗しきっていれば、人生がほぼ詰んでしまう可能性があります。

資産を十分に分散し、多めに準備しておくことで備えにはなりますが、それでも無くなってしまう可能性は残ります。また、必要量より多く用意するのが難しい場合も多いでしょう。その場合は、人的資本の労働市場での価値、そして社会的資本を維持すべく備える必要が出てきます。

人的資本:労働市場価値の摩耗に備える

いざという時にお金を稼げるようにするためには、色々な方法があります。リタイア前から仕事を選んで、陳腐化しづらく拘束の少ないスキルを身につける、というのは1つの方法です。翻訳やプログラミングなんかは比較的適した性質を持つスキルだと思います。

有用なスキルも使わずに放置すると錆びついてしまうため、定期的に最低限の仕事をこなせるように計画しておくべきかもしれません。そのためには顧客の開拓が必要ですが、今の勤め先や顧客がリタイア後の有力な顧客になる可能性があります。こうした関係づくりは、リタイア前に準備しておいた方が良いでしょう。

また、リタイア以前からアフィリエイト、ライティング、不動産事業などのサイドワークを地道に育てておくのも有効です。こうしたサイドワークが軌道に乗っていれば、ある程度は自信を持ってリタイアできます。

社会的資本の摩耗に備える

人間関係を仕事中心で作ってきた人は、仕事をやめると社会的資本がほぼゼロになる恐れがあります。性格にもよりますが、これに耐えられそうにない人は、仕事を辞める前から徐々に他のコミュニティを開拓して居場所を作っておいた方が良いと思います。

また、仕事を辞めてしまうと家族や親族との関係が悪くなる可能性も十分にあります。関係を良好に維持したい相手に対しては事前に少しずつ情報を伝え、一定の理解を得てから決行するのが良いでしょう。

健全な対人関係を構築するには一定の社会的地位が必要、と感じる人もいるかもしれません。その場合、リタイア後に名乗る肩書を考え、必要であれば事業の裏付けも取っておいた方が良いでしょう。サイドワークを個人事業化して肩書として使う、もしくは資産管理会社を立ち上げて社長を名乗る、等が代表的です。事前に手順や条件を調べ、実行できるものをピックアップしておきましょう。

リタイア決行前に必ずテストする

一番重要なのは、リタイアを決行する前にリタイア後に近い環境で想定どおりにいきそうかテストしてみることです。リタイア生活は誰もが楽しめるものではなく、思った以上に適性が必要です。ニートになるにも才能が必要、というわけです。実際、暇な時間を作ってみたら思った以上に苦痛で長期間続けられなかった、という話はよく聞きます。

また、投資や資産運用で金融資本を準備・維持する予定の人は、経済環境や金融市場が不調な時期でも問題なくリタイアできそうか確認した方が良いです。絶好調の経済や金融環境で資産を積み上げ、それに適応したポートフォリオのまま引退した場合、不況・恐慌・長期下落相場が来ると予想外の金銭的・精神的ダメージを受ける可能性があります。

他にも、不確定要素が強い、と感じる部分は可能な限り事前にテストしておくことをおすすめします。


今回は、リタイアに備えて準備する3つの資本について、あらましを説明してきました。次回以降は、これら資本の1つ1つに関する具体的な備え方を、私の例を中心に紹介していこうと思います。

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